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飛騨路・木曽路(馬籠宿、妻籠宿)・伊那路へ
東山道湯舟の里

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|槌馬屋資料館売店| |
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「夜明け前」の背景資料槌馬屋資料館 |
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■館内のご案内
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概説 槌馬屋・島崎家はもと馬篭宿内湯舟沢村の庄屋を勤める家柄であった。中興の祖より連綿十六代に及び、村政、木曽谷行政等に関する資料も豊富に保存されているが、特に『夜明け前』の主人公青山半蔵(馬篭宿本陣・庄屋・問屋を兼役の島崎正樹)自筆の文献を多数所蔵する点で他に類を見ない特色を有する。かつて木曽は清内路街道と大平街道によって、伊那地方と密接に結ばれていたのであるが、米産地伊那の民と、それを入れて生活の資とした木曽谷の民とは、利害相反する面があった。文政年間に伊那で計画された天竜川通船一件は長く紛争の種となったが、これに関する木曽側の資料としてほとんど唯一の根本資料も保存されている。『夜明け前』に描かれた平田国学の徒の動きを考える上に、伊那と木曽と美濃を結ぶ線は重要な意味を持つが、その接点に馬篭宿が位置し天狗党の南下、赤報隊の北上に尽力した青山半蔵の心情と行動を想いみる時、これらの資料は一段と意味を増すものであろう。その他当時の家具、什器、服装の類も多数陳列されている。
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■江戸時代の庶民教育資料
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当時の寺子屋教育及び成人教育に使われた各種の書物が豊富に保存されている。 |
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■天竜川通船一件文書
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伊那谷を南流する天竜川に船を通して産米を中央市場に送り出そうという計画は文政七年頃から伊那地方で起こっ
た。木曽谷の民は伊那の米にたよって生きていたので利害相反する。そのため阻止運動が起こった。その貴重な資料。しかし文政十三年、条件づきで通船が許可された。 |
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■島崎正樹自筆「古道大意」
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平田篤胤著「古道大意」は平田国学の中心をなす神道大意の書である。木版印刷されたが発行部数が少なため、入手困難であった。正樹はこれを安政四年に書写している。 |
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■釣姫の打掛
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尾張大納言徳川斉荘の四女である釣姫様が岩村藩松平家に嫁がれた時の打掛である。尾張から岩村へ来て僅か三ヶ月で他界され二十八年の薄幸の花は散り、今も静かに隆宗院に眠っている。 |
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■年内諸用日記(慶応四年の分)
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東山道総督岩倉具定の通行に関する除郷(微用の人足・馬匹)記事 |
■湯舟沢村検地帳
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木曽谷において検地がおこなわれたのは、現存の文献によれば、享保九年(八代将軍吉宗時代)が最も古い。これはその年のもの。 |
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■鉄砲札
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これは基礎谷中に共通に用いられた鉄砲所有の認可証である。文化四年のもの。 |
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■蜂谷蘭渓画
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蘭渓は兄蘭州(全国的に著名な画僧月僊の高弟で後に加賀の前田家に仕えた)について画技をみがいた。彼の名は「夜明け前」に出てくる。 |
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